大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和29年(う)1325号 判決

控訴人 被告人 崔相赫

弁護人 伊藤増一

検察官 山本諌

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人伊藤増一の控訴趣意第一点について。

所論は本件起訴状には密入国の上陸地点を明示していないから、刑事訴訟法第二五六条に違反し、同法第三三八条第四号によつて本件公訴を棄却すべきものであるというのであるが、右第二五六条がその第三項において「訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」と規定したのは公訴事実を特定するためであるから、これが特定できる限りたとえ犯罪の場所につきその上陸地点を明示しなくても敢て違法であるということができない。出入国管理令第三条は「外国人は有効な旅券又は乗員手帳を所持しなければ本邦に入つてはならない。」と規定しているところ、本件起訴状によれば被告人は韓国人であること、右特記の場合でなくして韓国から本邦に上陸したこと、そしてその時は昭和二七年一月頃であることを明かにしているのであるが、およそ外国から本邦に密入国するというようなことは、他の一般の刑法犯などのようにあらゆる場所と時とにおいてひんぱんにたやすく行われるものではないから、右のような諸点が明かにされているならば、上陸地点を明示しなくても、右第三条違反罪の公訴事実の特定ができているものということができるのである。前示刑事訴訟法第二五六条第三項が「できる限り」と規定している趣旨に鑑み、本件起訴状における訴因の記載には所論のような違法がないと解すべきである。

同第二点について、

当審で取調べた宮本正男及び田中陸郎の各証明書謄本並に巡査江藤悦郎の復命書謄本と本件被告人の司法警察員及び副検事に対する各供述調書を総合すれば、被告人は当初朝鮮に帰る積りでその手続をして単身大阪の住居を出て長崎県の収容所へ入つたがやがて帰国を思い止まりそこを脱出して右宮本正男の配下に人夫となり田中陸郎の主宰する田中建設株式会社の工事に従事する等九州地方において働いており遂に韓国へ帰らなかつたことが認められるから昭和二七年一月頃大阪に帰つて来たのは九州地方から帰来したものであつて、韓国から来たものでないとみるを相当とする。従つて、被告人が本邦に密入国したとする原審の認定には誤があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条第四〇〇条に則り原判決を破棄し、改めて、本件公訴事実は犯罪の証明がないものとし、同法第三三六条第四〇四条に則り主文のように判決をする。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 井関照夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例